23話
出産を間近に控えて、雪映は実家に帰っていた。
正隆も様子を見がてら顔を出していた夜、夕食やビールを勧められたが、今夜のうちにやる予定の仕事があるからと断った。
妻と義母は軽口を叩き合っている。
とても殺人犯とは思えない幸せに溢れている雰囲気。
しかし正隆は、妻の笑顔を見ると逆にとてつもないストレスを感じていた。

車に乗り込み、さあ帰ろうという時、実家に残る雪映は明日の安産祈願は昼からだと念を押しがてら、声をかけてくる。
正隆は運転席から悲し気に振り向き、一言だけ返した。
ルームミラーに映る雪映が黒い影に変わっていくと、ヘッドライトの灯りを頼りに帰路を辿り始めて程なく、ラジオから物騒な事件についてが流れてきた。
正隆はすぐに切ったが、また大きなストレスに晒され、殺意を持って首を絞めた縄の感触がありありと甦った。
佐野を殺した後、夫婦で誓ったこと。
二つの殺人も何もなかった。
しかし言い聞かせなければ嫌な汗がどんどん噴き出してくる正隆は、徐々にメンタルを削られていた。
ビールを数本流し込み、気を紛らわすためのテレビをつけっぱなしにして布団に入る。
しかし、生々しい感触と罪悪感は言い聞かせるほど際限なくこみ上げてくる。
考えるなと思うことは、考えているのと変わらなかった。
翌日、予定通りに雪映を連れて神社へ安産祈願に訪れた。
手を合わせ、目を閉じ、子供と共に歩んでいる素晴らしい未来のイメージを膨らませようとする。
だが一陣の風が吹き抜けるとどこかへ消え去り、浮かんだのは闇の中にある一本の縄だった。
そうして追い詰められている夫に、妻は何かを感じ取っていたのかも知れない。

家で一人になったからなのか、何をしていても手に残る縄の感触が消えてくれず、自分が人殺しなのだというプレッシャーだけに考えが支配されてしまう。
下らないテレビ番組を観ても、ビールを流し込んでも、全てアレと一緒に埋めたんだと思っても、消えない殺人の感触。
一方、新しい命を産み出そうとしていた雪映は破水した。
準備を整えてすぐタクシーで病院に向かった雪映は車内から正隆に電話をかけ、持って来て欲しいものを捲し立てるように慌てて伝えた。
正隆は落ち着き払った声で返事し、すぐ行くと答えて切った。
ただ、別に病院に行くとは言っていなかった。
カーテンを閉めた薄暗い部屋で一人、服が汚れないよう脱いでいた正隆は物干しを使って縄を回して首にかけ、絞めていた。

人殺しの血を受け継いでいる我が子がもう産まれてくる。
その前にしなければならないと思ったことは、せめてもの贖罪か、それとも…
正隆は病院に着いた。
立ち合い出産用の上着を着て分娩室に入ると、雪映が息を荒げて激痛と戦っていた。
気圧された正隆は何も言葉が出てこなかったが、差し出された手を願い通りに握り返した。
スタッフに促されると妻の名を呼んで励まし、感動の瞬間の輪の中に入ろうと頑張った。
そして誰よりも頑張っている雪映は絶叫と共に力みながら、ここ最近様子のおかしかった正隆を強く見上げ、約束を守ってと言い含めた。

今後の人生は何もなかったことにして、子供の幸せを最優先にすると誓った約束を。
正隆はまた縄の感触が蘇ったが、もしかしたらそれは自分の首を絞めたものに上書きされたのかも知れない。
涙を流して歯を食いしばる妻の名を叫び、励ます夫。
スタッフも臨場感たっぷりに生まれくる命の状況を伝える。
頭が見えてきたそれは、意外なほどあっさりこの世界に飛び出した。
一体どちらに似ているのだろうか?
見た目は、顔は、人生は?
何はともあれ、無垢な命は罪に塗れた両親の元に産まれ落ちてしまった…





































