33話
もう街全体が寝静まっている夜。
まだカウンターにいた受付嬢はうつらうつらと舟を漕いでいた。
その時ドアを開けて誰かが入り、彼女を起こさないようにか書類に記入だけしてその場に置いて帰ろうとした。
しかし気配に気づいた受付嬢は目を開け、この時ばかりは恐ろしく見えた彼の兜面に悲鳴を上げるも、何とか取り繕ってみた。

姉に教わって以来、さして使うことのなかった読み書きでも、丁寧を心がけて書いた彼のそれを拝見した受付嬢は、いつも通りにゴブリンを皆殺しにしてきたと聞き、思わず笑みが零れた。
受付嬢は報酬を用意しようとするが、今夜はもう武具の手入れが頼める時間じゃないと判断した彼は、明日受け取ると伝えた。
これで受付嬢の役目は終わってしまったが、何か会話を繋げたい彼女は、誰も引き受けてくれなかった今回の依頼を請けてくれたことについて、依頼者に代わり感謝を伝えた。
それも彼はやはり、いつも通りの返事だった。

もう早朝の時間帯。
彼は自分のふらつく足取りで相当疲労が溜まっていることを知るが、それよりも牧場周りにいつもと違うところがないか注意しながら歩みを進めていく。
師匠からも気配などに頼らず、目で見たもの、聞こえた音、嗅いだ臭い、感じた触感で判断しろと教えられた。
しかし今夜は思った以上の疲労で、柵などを気にしていたつもりでも気づかないうちに母屋の傍まで帰っていた。
これではいざという時に索敵能力が鈍ると思った彼は、改めて周囲に注意しながら歩き直していった。
そしてナイフ投げの練習をしているうちに、太陽が昇って完全に朝になった。

朝日を浴びて朝に気づいた彼は、石垣の崩れを見つけ、なぜ崩れたのか考えながら石を元通りに積み上げた。
その時、相変わらず朝が早い牛飼娘の伯父さんが通りかかり、石垣の修繕のお礼を言いつつ、昨夜落ち込んで帰って来た姪のことを気にかけてやって欲しいと頼んだ。
具体的に頼めば素直に彼は応じるがあまりに汚く異臭を放っているので、おじさんは清潔にしろと注意した。
この汚らしさもゴブリン退治の対策の一つだが、彼はさっと鎧を拭いてから母屋に戻った。
ドアを開けた瞬間漂ってきた鼻腔をくすぐる懐かしい香りと、少し気まずそうに朝ご飯の有無を訊いてくる牛飼娘。

おじさんの言うとおりに食べると彼が答えれば、牛飼娘はあっさり表情を明るくした。
兜をつけたまま食べ始めた彼の様子をチラチラ窺う牛飼娘は、彼が何も言ってくれないことにまた表情を曇らせた。
しかし彼は珍しく何か手伝えることはないかと申し出たので、牛飼娘は戸惑いながらおじさんの顔をチラと見てから、ならば配達を手伝って欲しいと頼んだ。
少しでも疲労を回復するために一時間待って欲しいと言われても、牛飼娘は十分に嬉しくなった。

異常に身体が重く感じていた彼は納屋に入るなり、それでもリラックスし切らずに座った状態で泥のように眠り始めた。
やがて1時間は確実に過ぎた辺りで様子を見に行った牛飼娘は、とてつもなく疲れて見える彼に手伝ってもらうのが申し訳なくなってきたが、それ以上に彼との接点を欲している気持ちを否定できなかった。
だから食べ物がある以上、あまり待ってもいられずに声をかけると、彼はすぐに目を覚ましてサクサクと荷車の持ち手を掴んで準備を整えた。
牛飼娘は横に並んで仲良く引く姿を想像し、恥ずかしさに耐えれそうもないと思い、後ろに回って押すことにした。
道中、色々話題を振ってみるが彼の返事は続ける気も止めるつもりもない、そっけない「ああ」「そうか」ばかり。
せっかくの二人きりの時間でも、牛飼娘の表情は全く晴れなかった。

































