それはそれとして、毒ガスの勢いは衰えずに外にまで濛々とわき出してくるので、神城は他の者を助けようにも踏み込めずにいた。
その時、郷田が自力で脱出してきた。

だが、みるみるうちに瞳孔が収縮。
郷田はまともに喋ることもできず、息苦しそうに悶え苦しみ、全身をびくびくと震わせて喉を押さえ、言葉を搾り出そうとする。
しかし、身体に力が入らなくなったのかその場で倒れ、汗を噴き出させ、痙攣し始めた。

神城は冷静に郷田の症状を確かめ、なんの毒ガスかに当たりをつけた。
即効性のある有機リン系の化学兵器。
吸い込まなくても目や皮膚からも吸収されてしまうそれは、やがて心臓麻痺を起こさせて死に至らしめる猛毒であり、皮膚に数滴の量で致死量に至るレベルだった。
つまり、神城が中に戻ることは死を意味した。
とは言え特効薬が開発されており、洗浄と特効薬を打てば完治が見込め、テロを想定した秋保にも特効薬の備蓄を用意していた。
しかし、完治が見込めるのはあくまで症状が出ても治せる段階の者だけ。
手遅れなほど重篤になればどうしようもなく、神城は我が身と淀川の間で揺れた。

133話
淀川に促されて消防士を志した理由を話した神城は、圧倒的なポテンシャルを持っていても自分は無力だと言った。
神城の凄さを目の当たりにしてきた晴輝はどんな敵や災害でも活躍してくれると思っていたので驚くが、神城は火山を例に出して無力だと答えた。
ただ自分の能力でも無力だと思ってしまうのに、ある少年は濁流に飛び込んだり、保菌者に立ち向かって少なくない人々を助けたリーダーたちがいる。
そんな人間と共に脅威に立ち向かうことこそ、何よりも誇れる生き方だと話していた。

そう話す神城を温かく見守っていた淀川は今、毒ガスに包まれていた。
自分の死が間近に迫っていると悟りながら、唯一脱出した神城ならきっと何をすべきか分かっているはずだと願いにも近い期待を抱いた。
毒ガスが有機リン系だと見抜いた淀川はちゃんと助かるだけの特効薬を用意していることにすぐ思い至ったが、同時にもう自分たちが助からないと理解した。
タンクから噴き出した角度が自分たちに浴びせかけるように飛び出したのだから、既に致死量に達してしまっている。
無線が使えなかったのも妨害電波によるもの。
浴びせかけてきたのは揺るぎない殺意によるもの。
その殺意を見事に躱した神城に、自分たちを諦めて最優先すべきことをしろと心中で願い、外の気配を窺った。
その意思が届いたのか、いくらか迷っていた神城は建物に背を向け走り出した。

淀川が離れていく気配と足音に安心した直後、一気に瞳孔が収縮した。
そしてとてつもない息苦しさに襲われ、喉を掻きむしりたくなった。






























