48話
鋼鉄の兵器並みのパワーと頑強な身体をしているシロエルは、たわむれる感覚で姫蘭のアバラを殴り折った。
その後で、急にスポーツマンシップに則った握手をしていないことを思い出し、爽やかに姫蘭の手を握った。
すると、姫蘭の手は豆腐のように握り潰され、あまりの激痛に無我夢中で剣で切りつけるが、シロエルはそれは無視し、暴れることを自分への拒絶だと解釈し、気分を害した。
ただ、人間を愛している心の広いシロエルは本気で怒りはしなかった。
仲直りにはスキンシップこそ至上だと思っているのか、お腹をくすぐろうと人差し指を突き出した。
それも絹こし豆腐に突き刺したように、するりと姫蘭の腹の中に突き刺さった。
上をこちょこちょ、下をこちょこちょといちゃついているような笑顔を零し、ぐりぐりされている姫蘭はあり得ないほど痛みに喘ぎながらも、同時に意味不明な快楽が体中を駆け抜けた。

シロエルは今までにもこのこちょこちょで数々の人間を黙らせて来たようで、同じくすぐに大人しくなった姫蘭に笑顔を見せた。
そして、改めて手を軽く握った。
既にぐちゃぐちゃだった姫蘭の手はついに手の平から4本が引き千切れてしまい、次から次に人生初体験の激痛が駆け巡っていく。

猛獣さえも可愛く見えるチート級の戦闘力を備えているシロエルとの勝負に、姫蘭は絶望した。
クロエルがシロエルとの勝負を提示し、古今東西の武器も用意してくれた時は、簡単に勝てると思った。
しかし、そんな簡単な罰を与える天使ではなかったと、今更思い出した。
殴られ、抉られ、引き千切られた姫蘭を見て、心の底から楽しそうに笑っているクロエル。
しかし姫蘭は相手の思惑に従って死ぬつもりは無く、最早死ぬのは避けられないことを覚悟し、他の参加者に自分の正体を伝えるため、自分の最大のアイデンティティである歌を歌い始めた。
この歌を聴けば、この場にいる誰かが気づいてくれるかも知れない。
その願いを込め、自分への餞の歌を歌う。

姫蘭の歌声を聴いた沙羅はとても澄んだ歌声の意外さに驚くだけだったが、カエデはその歌をどこかで聴いた覚えがあった。
だが、果たしていつどこでだったのかは、すぐに浮かんでこない。
夢見ることを応援しているようなその歌詞は、諦めてしまいそうな時こそ響くだろう、重く深く背中を押すものだった。
現世でアイドルだった姫蘭は知る人ぞ知る実力派アイドルで、踊れて楽器も弾けて歌声も魅力的な女の子で、胸を打つ歌詞をしっとり歌い上げていた。

表の顔は歓声に熱のこもった表情で応えるアイドルだったが、一度裏に戻れば、自信満々、恐い物無しといった風な傲慢な態度をさらけ出す、癖の強い性格だった。
しかし、その実力は事務所全体が認めている確かなもので、本人もそれを自覚しているからこそ本性を隠さず不遜な態度を出していた。

その実力はやがて業界にも知れ渡り、トントン拍子と言える早さで深夜と言えど、テレビ出演のオファーが舞い込んだのだった。
やはり、テレビに出るということは大きな一歩で世間への浸透力も大きかった。
姫蘭はついに最大のチャンスが来たことにも自信を漲らせ、ここから本格的なスター街道を歩む気満々で拳を握り締めた。

自分の才能は、もっともっと大きな世界で披露すべきもの。
日本一のアイドルになると野心を漲らせながらの仕事帰り、姫蘭はトラックに撥ね飛ばされた。
現世で大チャンスを目の前にして酷い目に遭った姫蘭は、今もシロエルに顎を蹴り上げられ、トラックに撥ね飛ばされた時よりもむしろ高く舞い、地面に叩きつけられた。
シロエルは天使の如き歌声を賛美するが、その歌声を持ってしても夢には届かないことを不憫に思って、切なそうな目を向けた。

カエデは思い出そうとしていたが、覚えがあるのは歌だけで、姫蘭という名前にはやはり覚えがなかった。
姫蘭も、自慢の歌声を持ってしても、誰も自分の正体に気づいてくれないことを悟った。
しかし、いいように嬲り殺されるつもりはなかった。
諦めの悪さと圧倒的な自信が消えることは無く、可能性に賭けて手榴弾を握り締めた。
トラックに撥ね飛ばされた時もそうだった。
運が良いのか悪いのか、腕も足も折れて重傷を負わされたが、顔と喉だけはかすり傷一つ無く、天がアイドルとしての道を用意してくれているとさえ思えた。
治療、リハビリに長い時間はかかったが、復帰さえすればまた実力でスターダムに駆け上がれるはずだった。
しかし、結局そうはならなかった。
姫蘭は改めて、シロエルを殺せば次のステージに進めるのか訊き、クロエルは最終的に二人が生き返れるのと同様、約束は守ると言い切った。
信用したくない相手の言質を取った姫蘭は、シロエルを殺すべく友好的に話しかけながら近づき、子供も信じないような嘘で口を開けさせようとし、無邪気なシロエルは何も疑わずに大きく口を開けた。
すかさず手榴弾を放り込み、ピンを外した。

すると糸も簡単に、手榴弾がシロエルの口の中で爆発した。
0距離で直撃を食らったシロエルの顔面は北斗神拳を食らった後のようになった。
さすがに顔を吹き飛ばされたら、分身のいないシロエルは生きてはいられないはず。
勝利を確信した姫蘭はまさかの逆転勝ちに歓喜し、品の無い高笑いをした。
しかし、身体の内部が普通の強度だったとしてもそこを狙われたくらいであっさり死ぬほど、シロエルは甘く無かった。
超スピードの再生能力を備えていたシロエルは瞬く間に顔を再生し、嘘をついて手榴弾を食わせた姫蘭に対し、さすがに怒りを感じているようだった。
クロエル曰く、シロエルは脳幹を破壊されない限り再生するらしい。
人間が天使を騙すことは許せなかったシロエルは、同じ痛みを持って姫蘭に償ってもらおうと考えた。
そして、何気ない手刀が姫蘭の首目掛けて振り下ろされた。




































