54話
正輝がカエデを名乗ったのは、ネットゲームのキャラ名をそれにしていたからだった。
つまり、正輝はネカマだった。
パーティーを組んでた男たちはあっさりカエデを見た目通りに女だと思い込み、リアルでニヤニヤしているのが見えそうなほど、カエデを甘やかして各種アイテムを貢いでいた。

だからカエデは猫なで声が聞こえそうなセリフを紡ぎ、抜かりなく女子を演じきっていた。
罪悪感なんて一切なく、バカな男たちが引きこもりで太った自分に貢いでくるのがおいしくてやめられず、いつもホクホク顔でプレイしていた。
従弟たちへの罪悪感、父への恐怖や怒り、それらが原因で引きこもってから早4,5年。
正輝は完全に典型的な引きこもりデブオタに成り下がっていた。
父親がいじめで引きこもっていると思い込んでいるのを心の中でバカにしながらも、半年前に帰って来たっきりの母親が訳の分からないことを口走っていたが、楽しそうだったので母の幸せはいつでも願っていた。
そして今日こそ、待ちに待ったエロゲーをプレイし、名前の通りに輝く一瞬を体験するのだと意気込んだ。
だが、いざこれからという時に父の怒鳴り声が聞こえてきて興を削がれてしまった。

カーテンを開けて外を見てみると、そこにいたのは引きこもって以来顔も見ていなかった良真だった。
金の無心をしに来たらしい良真の理由は、幸花が残り数カ月と言われるほどの難病を患い、手術の費用が必要になったからだった。
原因不明の多臓器不全の手術費用はなんと10億。
窓越しに会話を聞いた正輝はただただ驚くばかりで、助けると誓った従弟の前に出て行くことはまだできなかった。
父も10億など簡単には信じず、そもそも援助するつもりはないと吐き捨てた。
他に頼れる人間などいない良真は必死で頼み込むが、甥たちへの理不尽な憎しみの炎をずっと燃やし続けていた男は、正直に姪の死を望んでいることを口に出した。

真っ先に良真がぶち切れてもおかしくない状況だったが、殺意を露わにするほど怒ったのは正輝だった。
父に対する感情は子供のころから思い起こせばそれは様々なものがあったが、この父の非情なる返答は到底許せるものではなかった。
しかし、良真は怒りを抑えて拳を握りしめるだけだった。
頼れるのは叔父だけ。
だから良真は冷静さを保ち、治療費も全て真実でどの病院かも伝え、一旦帰った。
それで正輝も、良真がどれほど追い詰められているのか理解した。
正輝は自分の家が金持ちだと理解していたが、さすがに10億をポンと出せるほどではないのは分かっていたし、父が全く助けるつもりがないことも分かっていた。
だから今こそ、自分が従弟たちを助けるべき時だと思い、使命感を燃やし始めた。
とは言え、今はただのデブオタ引きこもり。
やはり頼れるのは父の稼ぎしかなく、およそ5年ぶりに部屋から出るとまっしぐらに金庫に向かい、子供の時に偶然聞いた番号をセットし、まんまと盗みを成功させた。
次に銀行に駆け込んで自分の口座に金を移し、それを元手に10億まで倍々ゲームで増やし、父が金の紛失に気付く前に元通りに戻す算段だった。
その方法は甘すぎる根拠で培われた自信の元に行う、仮想通貨取引だった。

まさに流行に乗っただけのギャンブルみたいなもので、シミュレーションで軽く成功した流れをそのままなぞるつもりだった。
目標は一カ月以内に10億越え。
幸花を助けるという使命感に燃えた正輝はネトゲに目も暮れず、儲けては売りを繰り返していけばいいと思った。
そして元金5000万はあっさりと50万まで溶けた。
流行るものはいつか廃れる。
それが最悪のタイミングで訪れられた正輝は絶望し、まずパソコンをぶち壊した。

続いて両親が金の紛失に気付いて騒ぎ出し、いよいよ進退窮まった。
父に殺されると思った正輝は家から逃げ出したが、結局選んだのは自死だった。
ロープを一つ携え、向かったのは街が見渡せる小山の頂上。
景色の良いところで首を吊ろうとした正輝はせめて従弟たちへ詫びの言葉を最後に吐き出し、この世にさよならを告げようとした。
その時、どこからか現れた怪しげな尼僧に引き止められたのだった。
尼に引き止められたとて絶望が消えるはずもない正輝は暗い表情のままクズだと己を罵り、細かい事情を話す気にもなれなかった。
尼に扮した悪魔の如き天使は胡散臭い念仏か何かを唱え、正輝が金を欲していることを指摘した。
そして、他の参加者同様、何が行われるか分からないが大金を手に入れられる可能性があるゲームへ誘った。
10億どころか100億さえ可能。
でっぷりとした乳を揉まれながら命を懸けられるか問われた正輝は、今捨てようとしていたこの命、従弟たちを救うためならいくらでも懸けると答えた。

すると尼僧はチケットを授けて消えた。
死を直前にした圧倒的なストレスで幻覚でも見たのかと思った正輝は、改めてロープに手をかけた。
しかし、手を離したところで思い直し、死んで正真正銘のクズになる前に、可能性の全てを模索して10億を稼ぎ出すんだと決意した。
しかし、足を踏み外して積んだ箱を倒してしまい、ロープが絞まって全体重が首にかかった。
朦朧とする意識の中で神に祈った正輝は今、内蔵を丸々露出された状態でも生き、最後の最後まで良真の名を言わなかった自分に誇りを取り戻していた。

自分の名を呼んでくれた、誰かも分からないキミ。
もう伝えられないが感謝の気持ちで溢れていた。
それよりもやはり、鬼ごっこのタイムアウトギリギリでチェンジを発動し、良真の鬼を自分に移してくれた誰かに一番感謝していた。
果たして、名を呼んでくれたキミとチェンジを使ったキミが同一人物なのかは、もう知る機会がない。
それでも、良真を助けてくれたのなら、この先のゲームでも安心できる。
そしてカエデこと四宮正輝は、辛いことや憎しみに囚われた人生だったとしても、また同じ両親の子供に生まれたいと願った。




































