3話
蓮澄町のはずれにあるラブホテルの壁に耳をくっつけて、中の喘ぎ声を盗み聞いているのは28歳アラサーの結月だった。
職場の制服のまま、そこで休憩を取っている結月は、溜まってくると他人のお盛んな声を聴いてストレスをごまかしていたのだった。

休憩時間にわざわざ車で町はずれまで来て生気を養った結月は、誰にも笑われるような趣味ではないと言い聞かせていた。
なぜなら、こんな変態趣味に目覚めた原因が夫にあると思っていたからだ。
ただ、仲が悪くはなく、むしろかなり良かった。
楽しみにしていたゲームを仕事帰りに買って帰って夫の育雄に戦果を伝えると、育雄は妻ではなくゲームが我が家に来たことを感謝し、結月がツッコミを入れる。
そして、先に帰っていた夫は風呂とご飯の準備はできてるから早くやろうと言いつつ、今日発売の漫画を抜かりなく取り出して披露し、結月を歓喜させた。
つまり二人は趣味嗜好がバッチリ合うし、家事も偏りなく分担している、問題ないパートナー同士だった。
ただ結月にとって、もう一つ、夜の営みさえあれば本当に最高の相手だった。
だから、仲良くゲームしている最中にできた空白を利用し、目を瞑って顔を近づけた。

しかし夫ははっきりと拒否し、そんなことをしなくても仲がいいだろうと答えた。
レス生活は結婚してからずっと続いていた。
付き合った当初は猿のように会うたびヤリまくっていたこともあり、そのギャップにも打ちひしがれるが、自分に女としての魅力を感じなくなったからだと邪推すると、気を抜き過ぎている家での振る舞いに後悔もした。
だからせめて息抜きを兼ねて他人の喘ぎ声を聞いていたのだが、より一層空しさを感じたある日、偶然にも同じように盗み聞きしている若い女性と鉢合わせたのだった。
当然話が合って流れるように居酒屋で盛り上がり始めた二人。
道路に面したあの部屋は絶対使っちゃダメだと確認し合ったり、お互い結婚していて数年レスが続いていることが分かって、辛さも盗み聞きの楽しさも共感できることばかりだった。
彼女の夫はかなり年上で性欲に差があることも仕方ないと理解していたのに、大量の風俗店の名刺を見つけたことで、ヤリたい性欲があるのに妻の自分ではなく他の女で解消していることが許せず、愛も冷めてしまったのだという。
結月は仲こそいいが、半ば夫との行為は諦めていた。
ただ、一生しなくていいのか、女としてそれでいいのか?
そう訊かれると、いいともよくないとも返事できないまま、彼女が使っているらしいマッチングアプリを紹介された。

思わぬ選択肢が現れて戸惑いのままに家路を歩いていると、明らかに不倫関係の男女の会話が聞こえてきた。
妻を悪し様に罵る名前も知らない男の不幸を呪いながら数十分かけて歩いて帰った結月を、夫は玄関まで出迎え、酔ってフラつく妻を支えようとする。
だから結月はアルコールの力も借りて、レス生活にずっと辛さを感じていたことを打ち明けた。
仲がいいだけじゃなく、夫婦なら男女としても繋がっていたい。
すると夫も正直な妻の訴えを受け止め、翌日に仕事のない土曜日にすることを約束したのだった。
土曜日までの仕事にも張りが出て、家の掃除も念入りにこなし、新しいボディソープを買った。
そして土曜日の夜が訪れ、結月はこの後3年ぶりにすると思うと緊張感を孕みながら、しっかりと体を洗い清めた。

下着をつけるべきかつけないべきかも迷いながら、結局おニューのお揃いを身につけ、いざ夫が待っている寝室のドアを開けた。
しかし夫は、この前最新刊が出たばかりの漫画を一巻から読み返し始めていた。
ベッドに何冊も積み重ね、完全に雰囲気をぶち壊している状況にヤル気がないとしか思えなかった結月は怒りやら悲しみやらがこみ上げ、衝動的に家を飛び出した。
結局向かう先はラブホ外の定位置。
過去最高の空しさを感じながら、嫌なら嫌とはっきり言わない夫への怒りが再燃したその時、駐車場に滑り込んできた車の助手席に同じ趣味の彼女が乗っていることに気づいた。

運転しているのは、逆に年下に見える若い男だった。
結月に気づいた彼女は満面の笑みで手を振って建物の中に消えていき、程なく、結月の傍の部屋に誰かが入ってくる音がした。
すぐに聞こえてくる全く我慢していなさそうな彼女の喘ぎ声。
結月は知っている人の声で彼女の痴態を想像しながら、アプリのダウンロード画面を開いているスマホを握りしめた。

この先何十年、夫の拒否に我慢し続けるのか?
それとも、同じ目的を持っているどこ、の誰かで済ませるのか?
答えを出した結月は…



































