5話
すぐに業者を呼んで清掃と乾燥を頼んだ。
新築のようにピカピカにしてもらったところで、彼はユメノ宛の請求書に目を通してサインをしてようやく、安心の一息をつくことができた。
もちろんマンションオーナーにも連絡したのは当然だったが、さすがにイカれた女に侵入されて水浸しにされたなどとは説明できず、自分の不注意でごまかしていた。
オーナーの妻の津吹レミは特に問題なく住んでいた入居者なことと、娘の早とちりがあったので穏やかに対応していた。
ただ、反抗期真っ盛りの娘のキョウコの態度はとても悪かった。

臨時でマンションコンシェルジュをやっているキョウコは、直感的に危ない男を見分ける目は持っているようだったが、まだ何も分からないうちから彼を怪しみ、警察を呼ぼうとしていた。
それをいくら母親に窘められようと、謝罪する気はなさそうだった。

いつからの反抗期なのかは分からないが、キョウコはCDを取り上げられていつも以上に母親に敵対心を抱いているようだった。
彼は母と娘の殺伐としたやり取りを大人の対応で見守っていたが、無理やり頭を押さえつけられた直後の娘の好感度をそれとなく確かめた。
それで、そのうち洒落にならない家庭内暴力が起きそうなことを予感したが、首を突っ込むつもりはなかった。

部屋に戻った彼はソファにドサッと腰を下ろし、あえて業者を頼ったからこそ、日常らしさが戻ってきたと感じられた。
とは言え、あの落書きだけは先に自分で消しておいたし、サクラが運び込んだ3億円はまだクローゼットの中に置かれたままだった。
さすがに現金を処分するわけにもいかず、持ち出そうにもどこで監視カメラに映るか分からない以上、下手に動けなかった。
またサクラが侵入して部屋をめちゃめちゃにすれば、今度こそキョウコに有無を言わさず通報されてしまう可能性がある。
そもそも、サクラがどうやって部屋に侵入したのか考えてみると、コンシェルジュの存在が引っ掛かった。
その時、思考を断ち切るようにるるなから電話がかかってきた。
通話にするやるるなは、いきなり大声で泣き叫ぶように名前を呼んで寂しさを大アピールしてきた。

鼓膜が破れそうな絶叫に耐えた彼が何事か訊くと、るるなは瞬時に声のトーンを落とし、大変なことになったという。
その内容とは、マネージャーに付き合っていることがバレているかもということだった。
しかし、彼にとっては大したことがないレベルで、それにかもと言うならバレてない可能性もある。
るるなが言うには、事が起きたのは昨日のことだった。
昨日のるるなの仕事はグラビア撮影で、カメラマンに乗せられていたおかげでパンチラも気づかずガンガンセクシーショットを撮られていた。

撮影が滞りなく終了すると、るるなはあからさまなあざとさもなんのその、編集長にすり寄って今日のお礼を伝えつつ、手作りクッキーを恥ずかしそうに渡し、次も仕事をもらえるようにこれでもかと可愛い子ぶってアピールした。
そして控室に帰って素に戻ると、クッキーのレシートを摘みながら悪い顔を露わにし、ほんの数千円程度のクッキー代を経費で落ちるかマネージャーの吉村に訊ねた。

もちろん、そんな私的に使った金は落ちるわけがないと言われた。
あんなあざとい営業方法をどこで覚えたのか訊かれたるるなは、こうすれば人の好意が稼げると聞いたんだとバカ正直に答え、男かと詰められて何も言い返せなくなった。
あっさり認めたのと同じ態度で動揺したせいで吉村は嫌でも確信を持ってしまい、どこの誰か白状しろと問い質した。
売り出し中トップアイドルのスキャンダルなどあってはならず、吉村は破局させるために問い詰めるが、るるなは漏らそうとしない。
そうして言い争っている横で、テレビでは話題の3億円事件の続報が流れていた。
警察はドライブレコーダーの記録を公開し、それをニュース番組が流した。
直後、彼の名が入った陽気な歌が全国に流れたのだった。

そこでるるなは彼の名に反応して驚いたが、適当にごまかしたので、まさか吉村は彼氏の名前がニュースで流れたものだとは気づかなかった。
そういう顛末でるるなは、二人の関係がバレたかも知れないと思い、連絡してきたのだった。
しかし彼はやはりそんなことより、ニュースに自分と同じ名前が流れたことの方が気になって仕方なかった。
彼は嫌な予感が消えぬまま、テレビをつけた。
ちょうどワイドショーで例の事件について取り上げられており、ドライブレコーダーの車内映像についてあれこれコメントする場面だった。

映像自体は特に異変のない運転シーンだけだったが、3つの事件の全てに同じ鼻歌が歌われていたらしい。
しかも、一昨日にも起きた事件で盗まれた現金輸送車が炎上しているのが見つかり、中から女性の遺体が発見されていた。
この車からも鼻歌が記録されている媒体が取り出され、巷では首謀者のテーマソングと言われていた。
その歌は彼の名前を二回繰り返しで始まり、「アツシくん」が両国アツシだと行き着かれかねない情報まで歌詞に盛り込まれていた。

またしても戦慄させられた彼は日常が崩壊していく音と、子供時代の苦い記憶がフラッシュバックし、思わず笑みが零れた。
しかし、今のイージーな人生を手放すつもりは一切なかった。
サクラがまた金を盗んだならまた部屋に侵入して持ってくるはずだと考え、待ち構えて捕まえることにした。
そのために、すっかり嫌われてしまっているコンシェルジュのキョウコを利用しなければならなかった。




































