吐きかけられる唾
そんな心配をよそに、アラタは平日の仕事の合間に、また面会に訪れた。
そしてまず、被害者の周防英介の遺族と会ってきたことを切り出した。
真珠は静かに反応し、遺族が前向きな言葉を話していたと聞いても、ただ静かに受け止めた。
しかしアラタが被害者本人との出会いについて質問すると、明らかに顔つきが変わって不満を表に出し始めた。
アラタは真珠の恋愛なんてどうでも良かったが嫉妬深い男を演じ、独占欲の強い一面をぶつけて切り込んでいこうと考えた。
どこで出会い、なぜ殺意を抱いて実行したのか。
それを知りたいのは、自分が被害者との共通点が多いからだった。
真珠は嫌悪感を示して静かに怒りを滲ませるがアラタは引かず、顔を覚えた職員にも話しかけて巻き込み、これでもかとみみっちい嫉妬を露わにし、もしかしたら隠し子でもいるかも知れないと言い出した。
直後、真珠の怒りは限界を越え、アラタの顔目がけてアクリル板に唾を吐きかけた。

そして、子供をそんなもんと罵り、生むわけがないと言い切った。
今の真珠は、初めて面会した時と同じだった。
おどけ、からかい、駆け引きしてくる真珠ではなく、この青い炎を内で燃やしているような真珠こそが本質に見えた。
この機を逃すまいとアラタが深く切り込むと、真珠は隠さずに周防に処女を捧げ、場所は海だったとまで打ち明けた。

アラタはまだ満足せず、どんなデートをしたのかまで訊き出そうとねばった。
真珠はさすがにねちっこい嫉妬が鬱陶しく気色悪いとキレるが、アラタは演技か本気か、ここまで誰かのことを知りたいと思ったのは初めてだと熱を帯びてぶつけ、相手の怒りの上に覆いかぶせた。
好奇心、自己防衛、それとも本当に嫉妬か。
あまりの勢いに圧され負けた真珠は手早く納得させようとするが、アラタは頑として引かず、おっさんの年齢に差しかかった何もない男を愛しているわけがないと指摘した。
すると真珠は表情に弱さを滲ませ、あの子供みたいな拙い字の手紙が心を打ったんだと言った。

稀代の殺人犯となり、様々な手紙を受け取るようになった真珠の心を揺さぶり、会いたいと思わせたのは遺族の子供の手紙だけだった。
理解者を得た気がした真珠はしかし、実際に来た人間と会い、アラタと接して手紙の主ではないとすぐに見抜いていた。

そうしてアラタの嘘を見抜き、図星を指したのもここから出るため、本当に結婚するため。
被害者に中学生くらいの息子がいる男がいたのを覚えている真珠は、あからさまに狼狽したアラタを逃がさず、自分が手紙を書いたというなら直筆サイン入り婚姻届を持って来いと詰め寄った。
そして今度はアクリル板にキスをし、かつてもそうしてきたかのように蛇のような愛を伝えた。

まともに何も言い返せないまま、アラタの面会時間は終わった。
アラタは会議室で寝っ転がりながら、改めて自分になりすました卓斗少年の手紙のどこに、真珠の胸を打つ部分があるのか読み返した。
桃ちゃんも読んでみるが字が汚いかなり読みにくい印象しかなく、とても魅力があるようには思えない。
真珠が子供や赤ん坊に異常に反応したと聞いた桃ちゃんは、そこから深く入り込んでいけるだろうと思ったが、アラタは殺人犯とは言え相手の弱みに付け込むのを良しと考えていなかった。



































