58話
妊娠していることさえ知らなかった五味は、手紙に書かれている子供という言葉にも打ちのめされ、後輩の前でも構わず咽び泣いた。
義武もかける言葉が見つからなかった。
タイムリミットが近づいているルネは部屋に一人ぽつねんと、記録してきた彼の様々な表情を眺めていた。
まさに千差万別。
ふり幅の大きい彼の表情を見ていると、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。
その時ドアがノックされ、神妙な面持ちの彼が入ってきた。
なんでもなさそうにドアを閉めた彼は前置きなく、五味の妻が消えたことを伝えた。

驚くルネに構わず、ブ男のくせに美人を嫁にして舞い上がっていた五味をバカにするが、その声には許しがたい怒りが感じられた。
その怒りは同じスポポポン星人であるルネにも向けられ、子種を奪うだけ奪って何も言わずにトンズラこく鬼畜外道な所業を責めた。

愛を知って間もない彼は、五味の辛さが十分に理解できていた。
愛して結婚してヤルことヤッテ、幸せの絶頂にいた中で突然消えられ、しかも自分の子供までいると分かったなら、失ったのは二人分。
まだ童貞でも種馬気分に浸らされた彼は、涙を溜めるルネの悲しみよりも、一人の男を絶望に陥れた最低な行為を代わりに詰った。

もちろんこれも監視していたラネも部屋に入ってくると、彼の口から出たとは思えない正論を皮肉交じりに評価し、スポポポン星人とは何かという問いに答えを返した。
種の存亡。
それを前にしたら、地球人との恋愛に付き合っている暇はなく、些末なことだと言い切った。
そして、ルネが星に帰るまでに残り10日だと打ち明けた。
満1年。
それが聖母職に与えられた一人に関わっていられる期限であり、それを過ぎれば問答無用で星に帰らなければならなかった。
その期限に、妊娠の有無は全く忖度されない。
五味とは違い、ルネたちが事情を抱えた宇宙人だと知っているだけマシな彼も、重要情報を次々と暴露され、約束を守って精子を注ぎ込むか、臆してバックレるか選べと迫られると、すぐに答えを出せない。
どちらにしろ避けられないのは、ルネといられるのは残り10日だけということだった。

プライベートで大きな決断を迫られても社会人として出勤しないわけにはいかず、由井園と乳繰り合った屋上で一人黄昏ていると、元カノになった由井園が目敏く彼を見つけて声をかけた。
明らかに落ち込んでるのに彼がごまかすものだから、由井園は気合を注入する一発を遠慮なく叩き込んだ。
そして清純な処女らしくなく、せっかく独り身になったんだから好き放題女遊びしろと促した。
冗談半分本気半分、人並にまともに悩みを抱える彼もそれはそれでグッとくる由井園は、男ならすぐに彼女にしたくなる上目遣いのニッコリスマイルでからかった。

ともあれ、彼が何を選択するべきか分かっているので、後は覚悟だけだとアドバイスした。
彼を好きなままだが別れを切り出した由井園は、同じく好きなルネの壮大な目的を成就させてあげるため身を引いていた。
君嶋はなんてイイ女なんだと褒めるが、同じ男を狙う聖母同士の争いの負けが確定しているリマは、イイ女にしてはバストサイズが物足りないと茶化した。
色々ぶっちゃけたい今夜は地球人二人と宇宙人一人の女子会。
イイ女と褒められても、彼氏が他の女で童貞を捨てるのは耐えがたいと判断したと語る由井園。
本心は本人のみぞ知るところだが、ホテルで彼が言いかけた言葉に淡い期待を抱いているのもまた事実。

ただいざその時が間近に迫ってくると、由井園はそこはかとない寂しさを感じていたのだった。
7月初旬のある日の夜。
車を走らせていた彼は、随分懐かしく感じる1年前のあの場所で車を停めた。
ぶっ壊したガードレールはもちろん新しくなっていて、そこから落下した場所が見えた。
ガードレールを乗り越え、繁みをかき分け、その一帯だけ少し開けている場所で足を止めると、運転中に宇宙船を目撃した時のことから今までのことが鮮明に思い出された。

直後、ぽわっと周囲が明るくなった。
神々しく光り輝いていたのは、宇宙人らしさを押し出す衣装に身を包んだ美女だった。

微笑みながら涙を浮かべるルネは、今までのお礼から切り出し、すぐに別れを告げた。
だが彼も微笑みを返し、覚悟を決めた足取りでスッと近づき、光り輝くルネを優しく抱きしめた。
そして、一世一代の愛の告白をしたのだった。








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